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2007年5月30日 (水)

ヒロシマ発信の国際貢献

 国連児童基金(ユニセフ)の事務局次長を5月末で退官される広島市出身の丹羽敏之さん(67)の講演を聞いた。丹羽さんは6歳の誕生日翌日に江波の自宅で被爆された。幸いご本人やご家族に大きなけがなどはなかったが、翌日爆心地近くを通って二次放射能を大量に浴びた被爆者です。
けがをした多くの被爆者が行き交う惨状や死者を山積みした火葬と臭気は今も脳裏から離れない被爆体験がある。

 丹羽さんは早稲田を卒業後日本の商社や石油会社に勤務後、アメリカの大学院で法律・外交を学んで国連職員となった。

 国連開発計画(UNDP)のガイアナ勤務を皮きりにイエメン、ネパール、タイ、カンボジアなど発展途上国で活動した。国連人口基金(UNFPA)や世界食糧計画(WFP)、国連国境救済活動(UNBRO)など6つの国連機関で現地とニューヨークの国連本部を交互に経験し‘04からユニセフ(unicef)事務局次長・国連事務総長補佐を務め5月末で36年間の国際公務員生活にピリオドを打つ。

 講演では私見としながら、日本が19.5%の国連予算を負担しながら安全保障理事会の理事国入りができない点について、第二次世界大戦の戦勝国の5大国が既得権を持つ仕組みにある。日本がどこの国と組むか先が見えて来ない為今後の展開は悲観的であるとの見方を示した。

 ユニセフは世界157の国と地域で「子どもの権利条約」に掲げられた幼い子供の生存と発達、基礎教育、HIVマラリア、暴力・搾取・虐待からの保護などの活動を展開している。黒柳徹子さんはユネスコ親善大使としてまたアグネ・スチャンさんは日本ユネスコ協会の親善大使を務めていることはよく知られている。

 日本とユネスコとの関わりは第二次世界大戦後間もない‘94、われわれ世代が最初にお世話になった粉ミルクで始まり60年になる。そのユニセフで働く日本人は9千人職員のうちわずか80人にすぎない(国連全体:670人=2,6%)。
 
 丹羽さんは「40の国際機関で構成される国連でもっと日本人が参加すべき」と声を大にした。参加していた高校生や大学生・若者から「どうすれば参加できるか」「今、何を学べばよいか」「広島から何ができるか」などの質問が飛び出し、関心の大きさを感じた。

 秋葉市長と会見した丹羽さんは、広島が取り組んでいる「世界市長会議」が2020年を目標に核廃絶を目指した運動は国の枠を超え自治体が結束してできる「広島だからできる国際貢献」と位置付け高く評価した。
 瓦礫の中から立ち上がった広島の経験は重く、世界の平和に大きく貢献している素晴らしい取り組みで国連・国際機関を目指す日本や世界の若者が広島から学ぶことは多いと力説した。

 丹羽さんは一旦ニューヨークの本部に帰任し6月から第二の人生をスタートされる。
「微力ながら広島のために役立ちたい」と言う丹羽さん。
 
 被爆者で国際経験が豊富な人が「広島から発信できる国際貢献」の重みや意義を踏まえて自ら新しい役割“ヒロシマ国際大使”を果たされることを期待したい。
広島市も広島が生んだ人材として積極的に協力をお願いしてみてはどうだろうか。

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