嬉しい「はだしのゲン」映像化
「はだしのゲン」は中沢啓治の被爆体験をベースに生まれた漫画だ。私が昭和48年に東京勤務になった頃、発行部数100万部を越える人気漫画週刊誌「少年ジャンプ」に連載され静かなブームを呼んでいた。
砂町にあった彼のアトリエを訪問して取材したのが中沢さんとの付き合いの始まりになった。
これを何とか単行本にしたいという思いから今は亡き被爆教師の会の会長だった石田明さんら広島の教師たちに、子どもの反響を探ってもらうため「少年ジャンプ」のコピーを送り続けた。一方、知り合いの紹介であちこちに出版を掛け合った。
子どもや教師の反響は予想以上に大きく、単行本化を希望する出版社が現れた。汐文社の吉本社長との出会いが生まれた。
あれから34年、中沢さん吉本さんと私を結ぶ関わりは「はだしのゲン」をはじめ、中沢作品を巡って多様に拡大した。ゲンは劇映画を筆頭にアニメ、舞台、オペラ、絵本、児童書、「ゲン」の英語・ロシア語・フランス語版など様々な形で「核の恐ろしさとヒロシマの心」を伝えるため世界中を駆巡った。
中沢作品の最初の映画化は勿論「はだしのゲン」で、八海事件を題材にした映画「真昼の暗黒」のプロデューサー山田典吾さんが監督を務めた。ゲンの母役は左幸子さんで評判を呼んで好評だった。
映画が好きな中沢さんは自作「お好み八ちゃん」の監督を務めてヒロシマでロケーションした。また、中沢さん自らが被爆者として「ゲン」と手を取り合ってソ連のチェルノブイリやセミパラチィンスクをはじめアメリカのネバダやスリーマイルなど核実験や原発事故の被曝地に出かけて新しい核被害の実情をレポートするなど番組制作に関わってきた。
「ゲン」が果たしてきた役割は極めて大きい。
しかし、中沢さんは体調を崩した10年前から仕事を一段落し、1年のうち半分くらいを故郷広島で過ごすようになった。映画を見たり散歩をしたり、夜は行きつけの店で常連と過ごす暮らしを楽しんでいる。私も時々ご一緒する。
4月実施された広島市長選挙では自宅近くの秋葉選挙事務所に顔を出したり、出発式で激をとばし、開票日は事務所で支持者と一緒に当選を喜ぶなど広島の市民生活を味わっている。驚いたことに選挙事務所で偶然、数十年ぶりに同級生と出会った。なんと秋葉市長夫人のご尊父だった。知らないうちに「秋葉さんを支持するようになっていたんだ」と殊更に当選を喜んでいた。
そんな中沢さんのもとに嬉しい知らせがきた。「はだしのゲン」の映像化である。
被爆の実相やヒロシマの風化が進む中、「はだしのゲン」が三度目の映像化がされることは原作者は言うに及ばずヒロシマにとって大変嬉しいことである。
製作に関する詳細の発表はしばらく先になるようだが、更に嬉しい事は企画したプロデューサーはまだ30才過ぎの青年だ。スタッフと一緒に2日間、資料館などを見学した彼が「はだしのゲン」に出会ったのは小学校3年生。いつかドラマ・映像化したいという思いを持ち続け、今実現のために大きく踏出した。
5月の風のように爽やかな話題をもたらしたこの青年プロデューサーの夢を実現する為に出来るだけの協力をし、完成を期待したい。
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