“生きる”が テーマの「影絵展」

 平和公園に繋がる元安橋の東詰の河岸で8月5~6日の夜開く「小さな祈りの影絵展」は4回目を迎え、今年のテーマに“生きる”に決まった。

 この影絵展は影絵作家の浜崎ゆう子さんとこの影絵展の企画発案者で広島出身の映画の美術監督部谷京子さん、開催とその後の巡回展を支える高林真澄さんら部谷さんの同級生たちが心を合わせて維持継続してきたその名の通り“影絵を通して”「原爆犠牲者の慰霊と恒久平和を祈る」企画展だ。一作家の個展にしたくないと言う浜崎さんの強い思いから幼稚園児から小中高校生に大人も参加したワークショップでの作品制作も恒例で、地道な平和活動として根を張りつつある。影絵を前に父母が子に祖父母が孫に伝える姿は感動的だ。

 本番展示は5日と6日の夕方から夜10時までの短い時間だが、毎年10ケ所前後の移動展示をしてきた。この1年は市民交流プラザ、フレーザー幼稚園、女学院中高大学、中国新聞ロビーなど。そしていま鷹野橋の広島市女性教育センター2Fに展示中で定着して来た。

 第一回の‘05年のテーマは「なつかしい広島の風景」’06年は大平数子さんの原爆詩「母」、‘07年は「なつかしい子どもの遊び」だった。
 70年は草木も生えないと言われた焦土から立ち上がり懸命に『生きた』被爆者の拠り所は何だったのか?被爆した人々に『生きよう』と突き動かしたものは何だったのか?優しい言葉や一握りの米、庭の小さな木枝に吹いた芽や夾竹桃の白い花、わが子の笑顔や赤とんぼなど生きとし生けるものだった…?に違いない…。
 今年は『生きる』をどのように表現するのか興味津津である。
 <浜崎ゆう子:影絵プラネット http://www.geocities.jp/hamayujp/>
 浜崎さんは毎回テーマの設定に当たっては多くの被爆者や関係者の声を直接聞くヒヤリングを大切にし、今年もすでに数回広島に足を運んでこのテーマ『生きる』に至った。

 6月21~2日のワークショップには城北中高校の社会問題研究会の20余名が参加した。
 どんな『生きる』を掴み、表現するのだろうか。
 多くの声や反響を1月余りの間にどう表現するか浜崎さんの格闘が始まっている。

AB

 浜崎さんは影絵作家のほかに意外なもう一つの顔を持っている。
 実は長年、原爆映像の整理・編集に携わってきたエディターなのだ。
 日映新社が被爆後いち早く広島・長崎で撮影した「原爆フイルム」の画面ごとのチェックや確認をしてライブラリー・データーを作成してきた。

 被爆直後の広島と被爆者にモノクロ・フイルムの中で繰り返し出会って来た人なのだ。
 被爆の実相を克明に正確に理解してきた人です。
 その出会いの中で、自分が出来ることは何だろう?と考えてきた人です。

 亡くなった方達の追悼と深い傷を持って生きてきた人達への“ささやかな癒し”と目をそむけようとする人達に“想いを伝える工夫”としての試みが『影絵』として活かされた。
 決して声高に叫ぶでも語るでもなく、電燈に照らされて命を吹き込まれた「小さな影絵」が発する『ヒロシマの想い』を見る人たちの心の襞に刻み込みます…。

 「この小さな平和活動」は世界に通用するヒロシマの新しい息吹になって発展する可能性を十分に秘めた魅力的な素材ではなかろうか。せっかくの新しい息吹を支えられる草の根組織?が市民の間に生まれないか…いい提案が出来ないかを課題として考えたい。

 今年も、8月5日、6日の夜。元安橋東詰の「小さな祈りの影絵展」に一人でも多くの人が、家族が足を運んで下さって、一緒に考えて頂くことを願いたい。

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女性のクールビズ

以前パートで営業の仕事をしていたときのこと。
その職場は主婦のパートがほとんどで、営業もすべてパート主婦。
営業のメンバーでお茶したときに制服について話題になった。
営業メンバーのほとんどは制服を着ていなかった。
上司からやんわりと制服を着るようにいわれていたが、強制ではないので、
誰も着用していなかったのだ。
ところがメンバーの一人が、上司だけでなく事務職など他部署の女性たちからも
制服を着用しろと厳しく注意されるというのだ。
「何を着ようと自由じゃない!ほっといてほしいわ。」
「そうよ、そうよ!」
みんな同調する。
私は苦笑いしながら言った
「何を着ても自由とは言ってもね〜、Tシャツやノースリーブ、タンクトップはまずいと
思うよ〜。営業職なんだから、どう見られるか大事だと思うよ。」
私が制服を着ない理由ははっきりしていた。
制服がポロシャツだったからだ。
営業でお客様の家に上がることもある。
お客様に信頼していただかなければならない。
あまりにカジュアルなスタイルだと、信頼も薄れそうな気がするからだ。
ところがみなさん、夏は暑いからとノースリーブは着るは、タンクトップ着るは・・・
そういえば、ツッカケで来た人もいたなぁ。
おしゃれな人は流行を追っかけて毎日ファッション誌の中から出てきたような
スタイルでやってくる。
仕事と洋服がどうも一致していない・・・つまりTPOを考えない女性がその職場では
多かった。

あるとき、所長をしている夫から相談を受けた。
夫の勤務する会社に制服はない。
事務職で、胸の大きく開いたシャツや肌を露出する服を着てくる女性がいるという。
つい目がそちらへいくと、にらまれる。
男性社員から、これは逆セクハラだ!と苦情が所長である夫のところへきた。
「これはセクハラなんだろうか、どうすればいいんだろうか。」
女性の上司から注意をするのがよいのだろうけど、残念ながら女性管理職はいない。
意を決して、男である所長の口から、仕事をするのにふさわしい服をえらぶように、
と彼女に伝えた。

女性の社会進出、職場進出は進んでいるはずなのに、女性の仕事着が
定着してこなかったのはなぜだろう。
どういう服やスタイルを選べば男性から好かれるかは必死に考えるけれど、
仕事を成功に導くためにはどういう服を選べばいいかを考える習慣が
なかったということだろうか。
つまり、責任ある仕事は女性には与えられてこなかったと言うことでもある。

ここ4、5年だろうか。女性のリクルートスーツが目に付くようになってきた。
女性の仕事着として黒のリクルートスーツが定着してきているようだ。
しかし、これも私には高校の制服の延長のように見える。
新入社員のうちはいい。
自ら責任ある仕事を求めるなら、それに見合ったスタイルを見つけて欲しい。
お手本となる女性が身近にいるといいのだけれど、まだまだ少ないのが現状。
・・・・・・
おおおっ〜!ニュース!!
広島市の副市長に女性が決まった!!!
秋葉市長が最初に女性助役を提案したのは何年前だったかしら?10年?
3度も議会で否決され、私は広島市議会の古臭さにうんざりきていた。
やっと、やっと、女性副市長の誕生!
秋葉市長の粘り強さに感謝!

女性副市長の誕生で広島の女性たちの仕事着も少し変わるかもしれない。

  迷い人

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フラワーフェスティバルと折り鶴

今年のフラワーフェスティバルには、80基の折り鶴みこしが参加した。
折り鶴みこしの参加は昨年からのようだが、その昨年は20基だった。
今年は実行委員会が子供たちに参加を呼びかけたこともあって、一気に増えた。
平和大通りをパレードした後には平和公園の慰霊碑の前の芝生広場に置かれた。
80基もの折り鶴みこしが並ぶとちょっと壮観だ。
夜になると灯りがついて浮かび上がる。
なんとも荘厳で幻想的だ。

フラワーフェスティバルは、近年はよさこい踊りがパレードの中心に育ったこともあって、その魅力を増し、観客も増えた。
若者に交じって、中高年、子供達がエネルギッシュに、そしてはちきれんばかりに踊り、パレードする姿はなんとも楽しそうだ。
素晴らしいイベントだ。

そこに昨年から折り鶴みこしが加わった。
折り鶴みこしは、フラワーフェスティバルが平和の祭典だということをきちんと位置付けた。
「折り鶴みこし」が加わったことで、フラワーフェスティバルに一本筋が通った。
折り鶴に込めるヒロシマの人々の思いは強い。
秋葉市長も「市長日記」(市民と市制6月15日号)の中で触れているが、折り鶴みこしが加わったことの意味は大きい。

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みこしは、神輿とかく。
本来神道の行事だ。
折り鶴みこしは誰でもが造ることもできるし、参加することもできる。
折り鶴みこしは「みこし」とひらがなで書く。
それがまたいい。
ある人が、折り鶴みこしを、広島に届けられた折り鶴の再生紙でつくったらどうかと提案してくれた。
それもいいかもしれない。

広大名誉教授の佐藤重夫氏が、「平和記念公園は巨大な聖堂だ。安らかに・・・と書かれた慰霊碑は十字架で、原爆ドームはイコン(肖像)だ」と指摘していると、別の友人が教えてくれた。
平和公園を、神社、お寺等の宗教空間になぞらえて、図式的に見てみてみると、意外と綺麗に納まっていることがわかる。
1Fがピロティーになっている平和資料館の建物は、神社でいえば鳥居であり、お寺でいえば山門だ。
鳥居、山門を通れば、そこから中は聖域だ。
それにしても「折り鶴みこし」は、フラワーフェスティバルと平和大通り、平和公園の関係をきちんと位置付けてくれた。

「折り鶴は平和と広島市のシンボルである。」ことを改めて感じる。

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ビジネスジェットと西飛行場

以前、プロゴルファーの丸山茂樹が、「アメリカのプロゴルファーは、ビジネスジェットで、トーナメントを転戦している」といっていた。
アメリカって凄いなーとただ感心した。
アメリカではビジネスジェットはちょっと高価な空のタクシーという感じで、かなり気軽な使い方がされているようだ。
ANA、JAL等の定期便は、いわば空の路線バスとみればいいのだろう。

狭い日本では、そんなビジネスジェットの利用は殆どないのだろうと思っていたが、先日
「岡山の駅から南に約10KMいったところに岡南飛行場がある。
滑走路は1,200M。
そこを基地にするジャプコンがビジネスジェットの運行事業を拡大している。
現在7機だが、この1年間に3機も増えた。
さらに9月には1機が増える。
整備だけを受注しているのは5機あり、さらに1機が増える。
この飛行場を使っているビジネスジェットは計14機になる。」
という記事が新聞に載っていた。
日本でもビジネスジェットの重要が急激に増えているようだ。

岡南飛行場について調べてみると、
「岡南飛行場は、昭和37年10月13日に岡山空港として開港しました。新岡山空港開港に伴い、それまでの岡山空港を小型機専用の飛行場として利用することとなり、現在の岡山空港と同じ昭和63年3月11日、地方公共団体が設置・管理する”その他公共用飛行場”である”岡南飛行場”として生まれ変わりました。
 運営面においては、管制圏または情報圏をもたない飛行場での対空通信情報提供や気象情報提供など、ユニークな運営が全国からも注目をあびています。
 また、岡南飛行場は、平成4年度に国からゼネラルアビエーション空港(小型航空機の拠点飛行場)第1号として認定されており、現在では、不定期航空輸送(貸切輸送・遊覧飛行)、撮影・宣伝などの航空機使用事業が行われているほか、岡山県警察航空隊、岡山市消防航空隊が基地として運用しており、防災・消防の拠点としての役割を担っています。
年間の総着陸回数は遊覧飛行176回を含め、平成19年度には5,536回です。」
とある。

そこで、さらに調べてみると、アメリカではビジネスジェットは16,000機もある。
ドイツは約500機。
対して日本は100機にもならない。
そのアメリカでは、基幹空港でのビジネスジェット受け入れは難しいので、近郊の小規模空港に誘導しているのだという。
そういえばニューヨークでもどこでも、大都市近郊には小さな飛行場がいくつもある。
それがビジネスジェットの基地になっているようだ。

それはそうだろう。
あのバカでかいジャンボジェットと自動車に羽がついたような小さなビジネスジェットとが同じ滑走路を使われたのでは、危ないし、効率も悪いだろうと思う。

日本でも、首都圏ではビジネスジェット専用空港が望まれているが、なかなか実現にいたらないという。
それがまた日本でのビジネスジェットの発展を妨げている要因でもあるようだ。

それでもようやく日本ビジネスジェット協会が1996年には設立され、すでに会員企業は60社にもなっているという。
その歴史は設立されてから12年とまだ日は浅いが、日本でもビジネスジェットのマーケットが急激に育ちつつあるkとがわかる。

自動車のホンダが、ビジネスジェットの開発を、エンジンからすべて自社開発で、進めている。
当面70機の生産を予定しているが、すでに100機の受注を確保したという。
納入は2012年からになる。
乗客定員は4~5名、離陸滑走距離は807M、航続距離は2,037KMという。
中国国内の主だった都市は航続可能圏内になる。

広島西飛行場の滑走路は、いずれ1,460Mに短縮される。
安全区域・点検用道路の新設で実効長は1,360Mになる。
短くなっても、ビジネスジェットの基地としては十分な長さだ。

広島西飛行場は宮崎、鹿児島の定期便を運航しているが、将来的にはそれを継続することには、かなりの無理が予想される。

西飛行場は、広島の中心街紙屋町交差点から直線距離で約5KMだ。
広島西飛行場はドアツードアの空のタクシーの基地としての価値は高い。
ということであれば、広島西飛行場は、ビジネスジェットの基地になることを目指した方がよさそうだ。
数十機のビジネスジェットが並んだら、そりゃー壮観だろう。
数百機が並ぶ?
いまの経済のグローバル化、中国との交流の目覚ましい発展をみれば、そんな可能性は十分にありそうだ。

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そのためには、まず西飛行場を基地とするビジネスジェットの運航会社を立ち上げる必要がある。
韓国や中国などに支社や工場を持つ会社の何社かが共同出資でビジネスジェットの会社を設立したらいい。
ビジネスとして有望ならば、出資者も増えるだろう。
さらに、新たな旅行ニーズの掘り起こしもできるだろう。

ビジネスジェットは新しい可能性を感じさせてくれる。

「広島西飛行場をビジネスジェットの基地にする」?

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ホテルウーマンと観光教育

最近になってというより、10年以上前からか、働く女性が急激に増えてきた。
以前は働く女性の代表はスッチー、飛行機のスチュワーデスが代表であったが、今ではすべての分野に働く女性を見かけるようになった。
特にSC,ホテル等サービス業への進出は際立っている。

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かってある東京の有名ホテルは、あまりに女子大生の受験者が増え、困って、受験資格を英検2級保持者に限定したことがある。
ホテルの営業、宴会、レストラン、経理、総務の主要なポジションの責任者に、女性がなっている例も多い。
東横インでは、支配人以下全従業員が女性であることを売りにしている。
そんなホテルまで現れた。
仕事が面白いと生きがいにし、結婚しないという女性まで現れている。
この少子化時代に、これはちょっと困ったことだ。
昔から料亭、旅館は女将、つまり支配人は女性が当たり前で、料理を運んだり、布団を運んだりするような直接お客に接する仕事は皆女性であった。
旦那は厨房の料理人とかの裏方であった。
旅館、ホテルといったサービス業はそもそも女性優位の職場だったのだ。
しかしホテルはヨーロッパの執事ということからきているのか、以前はすべての部門の従業員は男性であった。
それがいまはこの状態だ。

女性の場合、建築科を出たからといって、建設業界に就職するのは大変難しい。
ましてや建設業界で生きていくのはもっと難しい。
しかしホテル業は建設業のように古い業界ではない。
ホテル業界であれば、女性でも中心的な存在になれる。
旅館は古いが、ホテルは新しい。
同じように見えて、中身は随分違う。

それにしても、サービス業が女性が向いていることは確かだ。
シティーホテルの場合、従業員は1室1名が必要といわれている。
格が高く、良質なサービスをしようとすればするほど、沢山の人手が必要になる。
広島ではまだまだこれからいくつものホテルの建設計画がある。
広島だけに限ってみても、人材の不足は明らかだ。

物を作る技術だけが技術ではない。
こうしたサービス業の世界にも高い技術と知識は必要だ。
英語、経理、IT等の基本知識に加えて、料理はどう作られているのかも知らなければ、レストランのサービスはできない。
そして経営についての知識も必要だ。
お客さんの質問に答えられるように、広島についての知識も必要だ。
そうした知識があれば、サービスの仕方も大きく変わってくる。

ホテルの従業員になるには、学ぶべき知識と技術は多い。
そして経験も必要だ。

広島には世界遺産としての宮島、原爆ドームもある。
広島には世界中から観光客が来る。
国も、この秋には観光庁をつくり、国をあげて観光事業の推進をはかるといっている。
広島市もビジターズ倍増計画を掲げている。
観光事業の推進を図るには、ハードとしての世界遺産があり、ホテルや球場があればよいというわけではない。
それを運営する人材が揃っていなければどうにもならない。
何事もソフトが必要というわけだ。

平和でなければ、ホテル、観光事業は成り立たない。
広島はホテル学、観光学を学ぶ場に相応しい。

ホテル等、観光事業について教える教育機関が必要だ。
世界各国から広島に観光客が集まってくるようにするには、「観光事業を学ぶ学生が広島に集まってくる」仕掛けが必要なようだ。

ウイメンズパワーが新しいビジネスの世界を創りつつあるようだ。

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“映画”に集う

 先月スタートしたばかりの「シネマ クラブ・ひろしま」のスケジュールが動き出した。発会上映会の「善き人のためのソナタ」は予想外の好評だった。
 年4回の定期的な上映会ではいかにも少ないので、毎月、会員を対象にした「ミニ上映会」を開く準備を進めてきた。HPも動き出した。http://cc-hiroshima.ciao.jp
 
‘72年に創立し多くの民主的な自主映画の企画、製作、配給に上映に関わってきた広島映画センターは邦画洋画合わせて数百本のライブラリーと上映権を持った広島では最も古く経験豊富な映画組織だ。その財産を有用活用できるように協力いただけるのは「シネマ クラブ・ひろしま」の大きな力になることは間違いなく、有難いことだ。
 この中から当面2作品の上映会を企画した。

 7月14日(月)18時半~。会員30人限定で新藤兼人監督の‘52年制作で所謂原爆ものの古典「原爆の子」を映画センターの試写室で行う。
 8月12日(火)には18時から西区文化センターで中沢啓治さんのお話と中沢さん原作のアニメ映画「かっ飛ばせ!ドリーマーズ」の特別上映会をする。

 「原爆の子」は’52年(昭和27年)まだ、あちこちに焦土の匂いが残る広島を舞台に広島出身で戦後いち早く独立プロダクションを立ち上げて自主映画の制作に取り組んだ新藤兼人監督が長田新編の少年少女の手記を纏めた「原爆の子」を題材に、世界で初めて原爆をテーマに制作された劇映画で、世界各国でも上映され、ヒロシマを語る平和活動の原点であり古典とも言える作品だ。

 「かっ飛ばせドリーマーズ」は中沢啓治の「広島カープ誕生物語」のアニメ映画作品で、原爆の焦土の中から誕生した市民球団「広島カープ」に夢を託した少年たちが逞しく生き抜く姿を描いた作品。映画センターが企画・製作・配給した作品で、亡くなったカープの小さな大投手長谷川良平さんが石本監督役で鉄人・衣笠も声の出演をしている話題作。

 当面、この2作品をミニ上映会(ワンコイン上映会)と特別上映会で取り上げるが広島ゆかりの作品や思いもしない戦前の人気洋画「カサブランカ」(‘43年:アカデミー賞)などの上映も可能だ。上映権を持った広島映画センターの協力を得られる“役得”は大きい。
 今後、少しずつこうした作品の紹介をしながら皆さんの要望を取りまとめて「ミニ上映会」(ワンコイン上映会)「特別上映会」で生かしたいと考えている。 乞う!ご期待!!
  
 問合せ先:「シネマ・クラブひろしま」(広島映画センター内)Tel:082-293-1274 

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“医療崩壊“に医師増員?

 救急患者のタライ回しに産婦人科や小児科の閉鎖、国民健保不支払の患者が病院から追い出されるなど国民の医療環境が急速に悪化し“医療崩壊”とまで言われるようになった。
 原因は’80年代から続く医師の養成数の減少などの医療費抑制策と指摘されている。
この歪は医師の過重労働で支えられて来た日直―当直―日直という36時間連続勤務が当然という勤務医の実態がレポートされるテレビ番組やニュースによく出くわす。

 こうした実情を背景に舛添厚労大臣は医師養成数の増加や研修制度の見直しの方向を示した。勤務医の負担軽減を図り医師不足が深刻な地域や診療科への研修医の配置を促すのが狙いだと…一見前向きな発言に見えるが、はたしてそれで良いのだろうか。

 日本の医学部の入学定員は’50年代に3千人’70年代に4千人になった’80年代までの10年間で倍の8千人になった。しかし、医師の過剰が指摘されるようになった’97年以降に徐々に減って‘07年には7,600人まで減っている。

 ‘04年に義務化された臨床制度で都市部に若い医師の研修希望が集中して医師の偏在が加速したことを踏まえて制度の見直しがされる運びという。
 今起きている「医療崩壊」の根っこにある問題は医師の数を増やすことより、中山間地や限界集落の病院や医院が維持できない医師が確保できない本当の原因を徹底的に解明しあらゆる格差をなくする方策・制度の導入が求められているのではないか。
 後期高齢者対策で“姥捨て山”政策が平気で立案される我が国の医療対策が『医師の増員』くらいで通り抜け出来ると思っている厚生労働省よ!!!大丈夫なのか?と言いたい。

 最先端を行く専門的な医師から地域で老人や子どもの医療を担当する医師にはその専門性や技術レベルで大きいな段階があろう。税務署ごとの高額納税者のランキング席は依然として医師と弁護士の指定席だ。勤務医や若い医師の待遇はまちまちとは言え厳しいのが実態のようだ。専門性と経験年数や事績を基に全国どこでも通用する給与・待遇ランクのようなものは出来ないものだろうか。

 ‘72年に僻地医療や地域医療の充実を目的に自治省が設置した自治医大は都道府県の定員枠(2~3名)で選抜し、6年間の学費は(2200万円程度)在学中は貸与され、卒業後9年間で指定公立病院等に勤務した場合返還免除される。卒業生の95%は出身県の地域医療に貢献している。しかし、9年の義務年限終了後の定着率は良くないと言われている。

 広島県は広大と提携して来年度から県出身の5名を医学部に受け入れてもらい地域医療の支えを養成する計画など緊急医師確保対策を進めていると言う。国の指導で各県でも同じような取り組みが進んでいるようだ。

 具体的な対応は今後の問題のようだが『医者を育てるには10年』かかる。
 この間に、少子高齢化は進んで限界集落は増えて地域格差は更に大ききなることは誰にも予測できる。
 マイケル・ムーアの「シッコ」の世界に片足踏み込んでいる日本の医療が“仏創って魂入れず“にならないような知恵<医の仁を取り戻す>を絞って欲しいと願う。

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夾竹桃の夏

 今月に入って河岸や公園の夾竹桃の開花が目につくようになった。夾竹桃の季節到来だ。

 夾竹桃は葉が竹の葉のように細く、花が桃の花に似ている所から中国でつけられた名前がそのまま使われているインド原産の花木で、日本には江戸時代に渡来した記録がある。
 温かい地域の方が育ちやすく沖縄から本州全域で見られ、花は白、ピンク、赤の八重咲きが特徴だ。広島では6月から10月下旬、紅葉が始まる頃までの半年近く花をつけるが、盛は広島が一番熱い「8・6」の頃で「ヒロシマの夏の花・シンボル」だ。

 この木はもともと毒性が強く、害虫よけに重宝されたそうだ。公害や煙害で都市の樹木に被害が出始めた昭和40年代に大気汚染に強い木「公害対策樹」として全国の道路沿いの植え込みや公園樹としてよく植えられた。
 広島では平和公園のあちこちと川沿いの植え込みなどで目たつが市内全域でみられる。高さ3メートル一回り10メートルもあるような見事な株も見受けられ、赤や白の花が緑の葉を覆い尽くすばかりの花を湛えている。

 原爆の荒廃から立ち上がった広島市は昭和25年頃から街路樹の整備をはじめ、32年から周辺の自治体の協力を得て平和大通りや平和公園、中央公園の緑化が進められ2500本もの植栽で整備された。以後全国の自治体からも多くの木々が寄せられた。
 昭和48年(‘73年)、市民生活に結びつき広島のシンボルとして親しまれる「市の木」「市の花」が「芙蓉、カンナ、夾竹桃」「楠、泰山木、クロガネモチ」の候補の中から市民の投票で選ばれた。「広島市の木と花」は『楠』と『夾竹桃』になった。

 楠の巨樹老木は市内のあちこちにあったようで、今も被爆クスノキが残っている。一方、夾竹桃は原爆で被災した広島で、70年間は草木が生えないと言われた焦土にいち早く咲いた花で、市民にとっては復興への希望と光を与えた花だ。中には悪夢を想い起すと忌み嫌う人も少なくなかった。しかし、今では原爆犠牲者の慰霊を込めて「広島市の花」に選ばれた特別の意味がある。広島の夏の花・ヒロシマのシンボルだ。

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郵便局と電気自動車

郵便事業会社が保有する全車両21,000台を電気自動車にするという。
エッ!
凄い!
21.000台?

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社内に設置する急速充電装置は、一般の利用客も使用できるようにするという。
集配センターだけでも2,560カ所ある。
郵便局は24,000か所もある。
その郵便局が加われば、凄い数になる。
新たなビジネスモデルになる可能性は十分だ。

同社のガソリン代は年間100億円になるというが、このガソリン価格の上昇を考えれば、長期的には充分コストに見合うという。
ちょっと計算してみると、1台あたりの年間走行距離が3万KMとすれば、ガソリン車の場合、リッター当たり10KM、170円とすれば、年間ガソリン代は年間51万円になる。
として逆算すると、年間107億円になる。
大体計算はあっている。
5年間で15万KMとすれば、ガソリン代だけで、255万円になる。
電気では、10KM当たり10円とすれば、3万円になる。
5年間で15万円だ。
ガソリン車と電気車の差額は100万円程度であろうから、途中でバッテリーの交換ということがあっても、充分元が取れることになる。
今の電気自動車は1回の充電でそれほど長い距離は走れない。
しかし、郵便局の車は狭い範囲を走り回っているのだから今の蓄電池でも十分だろうが、当面はハイブリッド車でいくという。

この郵便事業会社の会長は元トヨタイタリアの北村憲雄氏だ。
トヨタはハイブリッド車ではプリウスを持つ。
トヨタは大分先行している。
トヨタ出身の会長としては当然の発言だろうが、ガソリン価格は170円を越えた今日、発表するタイミングとしては絶妙だ。
説得力はある。

まあそれにしても、21,000台の購入者を確保したことの意味は大きい。
真っ赤に塗られた21,000台の車が走れば、かなり目立つ。
電気自動車のレールが敷かれた。

電気のインフラもかなり整備がされている。

しかし環境によいといわれる電気も決して万全ではない。
石油を使っての発電もされているし、原子力発電もされている。
CO2は発生するし、ウランの後始末の問題も解決されているとは言い難い。

最終的には水素をエネルギーとした電池自動車、或いは直接水素で動くロータリーエンジンになるのであろうか。
そのためには水素を供給するインフラ整備が必要だ。
まだまだ先は長い。

市民としては、まずはともかく、質素な生活を心がけることが必要なようだ。

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ひろしま美術館とコンサート

先日6月14日の土曜日、ひろしま美術館の真ん中のホールで、コンサートがあった。
広響メンバーの後藤絢子さんのバイオリンと、岩橋綾さんのチェロの2重奏である。
美術館で聞く音楽は、アステールプラザで聞くのと違い、なかなかシャレている。
マティスとルオーの絵も、より素晴らしい絵に見えてきた。
絵と音楽のコラボレーションは、絵にも音楽にも新たな感動を与えてくれた。
何かひどく知的な、豊かな時間を過ごしたように感じた。
可笑しい。
後ろに立ち見がでるほどの盛況であった。
今回のコンサートは広島信用金庫の後援である。
こうした試みは毎月第2土曜日の2:00から開かれている。
始めてもう4年になるという。
企業のこうした支援に感謝したい。

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ひろしま美術館は紙屋町の交差点から歩いてすぐのところにある。
中心市街地のど真ん中だ。
周りを大きな木々に囲まれ、入り口を入ると芝生の広場ある。
環境も素晴らしい。
この美術館は広島銀行の創立100周年記念事業として作られた。
印象派の作品の収集では日本でNO・1だという。
ひろしま美術館は全国の美術館と連携し、巡回展も積極的に催している。

コーヒーコーナーも、街中のカフェとはまた一味違った落ち着いた雰囲気がある。

リーガロイヤルホテルと提携して、芝生の中庭を使って、パーティーを開いたりしている。
民間施設ならではの自由な発想で、新しい価値を創り出している。
素晴らしいことだ。

中国新聞も宣伝に様々に協力している。
アストラムラインの社内にも、近頃時々ひろしま美術館の広告を見かけるようになった。

ひろしま美術館は、広島市の文化を象徴する重要な施設である。

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«劇団四季とALSOKホール